「キャッシュフローをまず見るんですよ」
と彼は決算書のコピーを数枚めくってキャッシュ・フロー計算書のページで手を止めた。
通常、決算短信の書類は業績・資産状況の要約、貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)、キャッシュフロー計算書(C/F)の順番で記述されているからだ。
キャッシュフローから読み解く経営状況
「B/SやP/Lはある程度調整する、悪く言えばごまかすことができるけどキャッシュフローだけは嘘がつけないですからね(笑)ほら、P/L上では営業利益も経常利益も前年比9割減なのに有価証券売却益で特別利益を計上して当期純利益は60%をキープしているでしょう。これで重要な利益が赤字寸前まで激減している印象は薄れます」H氏は専業の株式投資家。その中でも「バリュー株投資」という手法で活動している。
バリュー株投資というのはPER(株価収益率)やPBR(純資産倍率)といった株価から企業価値を測る指標を見たり、企業の財務諸表を徹底的に読み込んだりして株価が本来の会社の実力にそぐわない安値で放置されている銘柄を探し出して投資する株式投資である。この手法の大家がウォーレン・バフェットだ。常に世界で3本の指に入る個人資産規模を誇るこの投資家を知らない人は少ないだろう。
H氏はこの日満期になった人民元の定期預金を解約・出金するために香港を訪れていた。そんな折、ちょうど個人的に気になっていた会社の決算発表があったので僕はH氏に評価してもらおうと決算短信をプリントして持って行ったのだ。その会社Tは創業10年で東証一部上場を果たした急成長企業であるが、昨年過去におこなっていたある不正の発覚が大きなニュースとなり2000円前後だった株価が200円台にまで下落している。
「営業キャッシュフローと投資キャッシュフローがマイナス、財務キャッシュフローがプラス。この形は良くありません。逆に財務がマイナスで営業と投資のキャッシュフローがプラスであれば問題なしです」
営業キャッシュフローというのは本業による収入と支出の差を表す。これがプラスであれば商品を仕入れて販売してというような通常のビジネスを通じて利益が残っているということを端的に表している。経営者としてはここは是非ともプラスを保っておきたい数字だ。
投資キャッシュフローは固定資産や株式、債権などを取得したり売却したときの現金の増減である、これがプラスであれば投資活動で上手に利益を出しているということである。しかし成長企業はどんどん土地や設備に投資して拡大中のこともあり、その場合投資キャッシュフローはマイナスになりがちだ。なので投資キャッシュフローは必ずしもマイナスが悪いというわけでもない。
財務キャッシュフローは金融機関や株主とのお金のやり取りでの現金の増減を表す。銀行から借り入れたときはプラスになり、返済したときはマイナスになる。株主に配当をしたり自社株買いをおこなったときはマイナス、社債や株式を発行した場合はプラスになる。ざっくり言うと借金をするとプラス、株主還元をするとマイナス。つまり調子の良い企業はこれがマイナスになることが多い。
IR情報で確認する資金調達
「財務キャッシュフローのプラスは、、ふむふむ、新株発行による資金調達ですね。いつ発行したんだろう?」
M氏は以下のサイトにアクセスした。
https://post.tokyoipo.com/member/news/
このサイトで上場企業のIR活動の記録を調べることができるのだ。
「あら、新株発行は4月ですか。株価が下がる以前に1,951円で710万株発行してますね。今の株価が270円なのでこれに応じた投資家は泣くに泣けませんね。。しかも海外募集ですか、、”モノ言う株主”ですね。。総会は荒れますよ」そりゃそうだ。。
「でも逆にそのおかげで資金は潤沢ですね。自己資本比率70%。業態を考えるとかなり優良だと言えます」そしてH氏はスマホでYahoo!ファイナンスを開いた。
株主優待の確認
「株主優待も無視できないポイントなんですよ。あ、100株で3,000円分のQUOカードがもらえる。今の株価だと100株で27,000円だからこれだけでもリターンは10%超えてますね」株主優待はいつでも廃止になる可能性があるが現段階ではかなり有利な条件であるのは間違いないそうだ。
「買いか売りかで言うと僕は❍❍だと思います。資産状況は現状かなり良いので近々に経営が傾くことは考えにくいです。その間に不正体質を完全に見直して再出発できれば復活の可能性はあると思います」
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