2019年6月に香港のデモが始まってから100日が経過した。今回の運動のきっかけとなった逃亡犯条例案は9月4日に撤回されたがそれまでの間にデモ隊の政府に対する要求は以下の5つに増えている。今や条例改正案の撤回は
そのひとつに過ぎず、残り4つの要求がすべて受け入れられるまで運動を続けるというのがデモ隊の意向だ。
香港デモ5つの要求
(1)条例改正案の撤回[達成済]
(2)デモの「暴動」認定の取り消し
(3)警察の暴力に関する独立調査委員会の設置
(4)拘束したデモ参加者の釈放
(5)林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の辞任→普通選挙の実現[変更]
(2)〜(4)は解決不能ではないような気がするが(5)の普通選挙の実現はどうだろうか?
実際香港は英国統治時代から完全な普通選挙があったことはなく、かつて何度か約束されたことのある普通選挙の実施は香港人にとって長年の悲願である。だが一党独裁の宗主国中国が過去にもなかった普通選挙を容認するのは想像が難しい。。
相変わらずお見舞いの声をいただいたり、
「現地に住んでいて実際どうですか?」
「香港は将来どうなりますか?」
「今回の香港の混乱、景気への悪影響、不動産価格の下落についてどう思いますか?」
というような質問が多数寄せられる。
ご心配いただいている方々にはこの場を借りて改めてお礼を申し上げたい。
現地に住んでいて実際どうですか?
香港に住んでいる体感として正直なところまったく普通の日常があるだけだ。無論日本でもニュースでやっているように毎日のようにどこかでデモ隊の活動、警察との衝突はある。火を放ったり、警察に取り押さえられたり、血を流してる人のショッキングな画像・映像も都度出てくる。しかしそれを直接目にすることはほとんどない。
僕が個人的にこれまで目の当たりにしたデモ隊の活動は4度である。デモが始まった翌日の6月13日の政府施設の集まっているアドミラルティ、7月28日行進が予定されていた日曜日のコーズウェイベイ、そして同日夕方中国政府の出先機関のある西営盤、8月初旬の週末のチムサチョイ。そのうち予期せず遭遇したのはチムサチョイの一度だけで、あとはそこでやっているのをわかっていて自分で現場に向かった。100日以上ほとんど毎日どこかで関連の活動が起こっているのにわざわざ見に行った3回を含めてたった4回、それ以外はニュースで見ただけだ。
だからと言ってもちろんまったく問題がないと言えるわけではない。弊社のスタッフは自分が乗っていた電車に追われたデモ隊がなだれ込んできたり、催涙ガスの残る場所に差し掛かり目や鼻に痛みを感じたり、電線が切断され信号が機能しない中車でゆっくり走った、ということに出遭っているので個人差はあると言える。しかし騒ぎはごく限られた場所で限られた時間に起こっているのは間違いない。これが「現地に住んでいて実際どうですか?」の回答である。
香港は将来どうなりますか?
「香港は将来どうなりますか?」については普通に「わからない」と答えたいところだ。だがこの質問をする人の中には”将来のことがわからないのは当然です。あとあと間違っていても構わないので考えを聞かせてくれませんか?”という向きも多い。
その問に答える形で個人的な予測として回答すると、2047年に一国二制度が終了しても香港が完全に中国に取り込まれて北京や上海など他の都市と同じような立ち位置はなることはないだろうと考えている。30年近く後のその時の世界がどうなっているかは不明だがもし今とそれほど違いがないとすれば香港が英国植民地下で獲得してきたメリット、特に外国貨物に関税を賦課せずに中継貿易や加工貿易を発展させた自由港としての地位、人民元とは別に世界的にプレゼンスの高い香港ドル、自由主義の諸国にも親近感のある雰囲気、は残した方が中国にとって得策である。経済的な面で人口700万人程度の香港を完全に中国の色に染めて、隣接している深センと似たような都市にしても仕方がない。
これはマカオも同じ。国内法に基づいて自ら世界一のカジノ経済地域を潰すのは愚かなことである。社会主義の理想追求に燃えていた建国直後ならいざ知らず充分経済合理的な考え方になった現在、これら経済的メリットは最大限に活用するはずだ。
一方で政治的には完全に中央政府のコントロール下に入れようとするだろう。南シナ海への進出、一帯一路構想、アフリカ・太平洋・中南米諸国への支援と引き換えの影響力強化など中国が将来的にアメリカと肩を並べるか超越する地位を獲得する意図を持って動いているのは明らか。最低でもお膝元の香港はもちろん、将来的には台湾の政治的な統合は達成しなければならないと考えているに違いない。
しかし天安門事件の時代のようなあからさまな武力行使は可能性は低い。国際社会の反応を見ながら反発を喰らわないように時間をかけて情報戦や工作活動を使って狡猾かつ巧妙に実行してくる。今の香港のデモはまさにそれに対して抵抗していると言っても良い。経済的メリットを活かしながら意のままにコントロールする、平たく言えば良いとこ取りのご都合主義だが中国政府はその最大公約数を狙ってくる。ちなみにご都合主義は社会主義市場経済という妙な体制で実証済みだ。繰り返すがあくまで個人的な見方である。
今回の香港の混乱、景気への悪影響、不動産価格の下落についてどう思いますか?
上記にも挙げたように局地的な衝突とときどき大きなデモ行進はあるものの香港が混乱しているという肌感覚はない。観光やそれに伴う小売業などデモによる悪影響を受けている業界はあるが景気や不動産価格も現状通常の変動範囲内である。これもイメージが先行しやすい部分である。多分報道では「香港の株価や不動産がデモ活動の影響を受けて下落している」と言っているのだろう。
確かにここ3ヶ月ほど株価も不動産価格も若干下落しているが、長期間に渡ってそれらの価格の推移を見てきた立場からすれば頻繁に起こっている程度の騰落である。以下は香港の株価と不動産の価格の推移だがデモ開始前の昨年後半の方が現在の水準より低い。
ちなみに先日イタリア人の友人から電話があり、「香港の不動産が最近の混乱(Chaos)の原因で15%も下がっているようだね。来年あたり買いたいと思っているので物件を紹介してくれないか?」と言われて思わず頭を抱えてしまった。15%も下がったら家を買いたいと待っている人にはかなりの朗報だ。だが実際は3〜4%しか下落していない。
報道が外国人に与えるイメージやデマと現実とのギャップはかくも大きいものか、、と痛感した場面だった。ノイズに惑わされず常に数字と答え合わせをするのは重要である。