医科・歯科を問わず、クリニックの院長は、一般の会社勤めの人とは、業務上の立場や位置付けが大きく異なる。したがって、会社勤め個人とは、貯蓄の方法も変えなければならない。

一口にクリニックと言っても、個人クリニックと医療法人がある。昭和60年の医療法改正において、医師または歯科医師が常時1人または2人勤務する診療所を開設できるようになった(いわゆる“1人医師医療法人”)。以来、個人とは異なる、医療法人という特殊な存在を活用することで、各種制約の間隙を縫って、多くのメリットが生まれ、活用されてきた。例えば退職金という、法人から個人へ効率良く資金移転する仕組みや、親族を経営陣(理事)にすることによる所得の最適化や節税、更には、円滑な事業承継など。だが、クリニックの院長で、それらのメリットやについて、真の意味で理解している人は多くはない。

医師の所得税

相続税や贈与税を除けば、個人が負担する税金で最も税率の高いものは所得税である。一般病院の常勤勤務医の平均年収は約1,500万円。これで所得税は国税33%+住民税10%で合計43%になる。クリニックの院長の平均年収は約2,700万円なので、この場合所得税は国税40%+住民税10%で50%。ざっくり給料の半分を納税しなければならない。

さらに、課税所得4,000万円を超えると、所得税だけで45%にもなり、住民税と合わせると55%にも上る。社会保険料まで加えると、誰のために働いているのか分からなくなってくる、というのが正直な感想だろう。個人クリニックの院長は、診療行為は個人事業であるため、所得(事業所得)は、所得税や住民税の対象となる。

医療法人のメリット

一方、医療法人の理事長は、個人の顔のほかに、医療法人の代表という、もう一つの顔を持っている。医療法人に限らず、法人に対しては法人税がかかってくる。ところが、一口に税金といっても、個人クリニックの院長が負担する所得税・住民税に比べ、医療法人が負担する法人税ははるかに税率が低い。※課税所得800万円以下の場合の実効税率は21~22%

話はシンプルだ。所得税や住民税だけの世界で生きる個人クリニックの院長と、所得税や住民税に加え税率の低い法人税をも含む世界で生きる医療法人の理事長とでは、どちらのほうが打ち手が多いだろうか?世の中には2種類のドクターがいる。あるドクターはバスタブを1つしか持っておらず、あるドクターは、バスタブを2つ持っている。前者が持っているバスタブの底には、半分ほどの大きさの穴が開いている。つまり、張っているお湯の半分は、その穴から漏れているわけだ。

どうだろう?お湯が湯船一杯になりそうな気がするだろうか?

一方後者が持っている2つのバスタブは、1つは半分ほどの大きさの穴が開いてはいるが、もう1つのバスタブは、穴の大きさが4分の1程度なのだ。後者は、最初は穴の小さなバスタブにお湯を張り、そこから適宜、お湯(お金)を穴の大きなバスタブに移し替えているというわけだ。言うまでもなく、前者が個人クリニックの院長で、後者が医療法人の理事長である。

つまり、医院の診療報酬は、税率の低い器(法人)にいったん置き、そこから理事報酬という形でもう一つの税率の高い器(個人)へ移すのが肝心なのだ。その場合の留意点は2つ。まず1つ目は不用意に理事報酬の額を上げないこと。何しろ、個人への課税はざっと50%だ。下手に理事報酬を増やせば、それだけ個人としての納税が増えることになる。節税すべきは法人税ではなくより税率の高い所得税・住民税なのであるが、これでは逆をやっていることになる。

もう1つの留意点。税率は低いとは言え、法人に利益を残したままでは、最終的に法人税が課税される。そこで、法人にいったん置かれた利益を、理事報酬で個人に渡すのではなく、法人内で活用するのである。

医療法人利益の有効活用

どのような方法で法人の利益を活用するのか?1つの方法として資産運用がある。医療法人を使って資産運用を行い、将来の退職金の原資を貯める方法だ。

ところがここで問題にぶち当たる。医療法人は医療法によって、配当や資産運用が禁止されているのだ。医療法人は、「利益を追求してはならない」という建前があるからだ。そこで登場するのが、生命保険である生命保険といっても、一般的な国債で運用する(定額)保険ではない。変額保険という、iDeCoやNISAなどでも使う投資信託で運用する保険である。これであれば、実態は投資信託であっても、形としては「生命保険」と見做されるため、医療法人でも認められる。しかも、変額保険には、運用結果が確定しないという、投資信託固有の問題があるが、これを逆手に取る方法もある。

具体的には、運用利回りが確定しないということは、解約返戻金の額が確定しないことを意味する。法人保険の損金性(保険料をどの程度経費にできるか)は、解約返戻金の増え具合に依る。解約返戻率のピークが70%超85%以下であれば、保険料の4割を損金(経費)にして良いとか、50%超70%以下であれば、保険料の6割を損金にして良いといったルールである。ところが、投資信託は日々運用結果が変化するため、運用結果を元に、毎月の返戻率を算出し、損金性を決めていては仕事にならない。

そこで、実際の運用利回りはいったん無視し、3%などの仮の利回りで解約返戻率を求め、税務処理を行うのである。したがって、実際の運用利回りが6%であれば、損金性に加え運用益による効果がダブルで利いてくるというわけである。このように医療法人は、変額保険を使うことによって、保障の機能と投資信託による効果的な退職金作りの方法を得ることができるのである。

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