ここ3、4年ほど、HSBC香港では多額の現金の入金の際には、その現金の出処を示す証拠の提示を要求されるようになった。出処を示す証拠とはその現金を出金した記録のある預金通帳やATMのレシートなどだ。多額の現金と言ってもいくら以上という基準があるわけではない、何も訊かれずに500万円程度の入金ができることもあれば300万円ぐらいの入金で出金の証拠を求められることもある。理由はマネーロンダリングに対する警戒である。
マネーロンダリング(資金洗浄)とは
犯罪によって得られた収益金の出所などを隠蔽して正当な手段で得たお金と見せかけることで、一般市場で使っても身元がばれないようにする行為である。(Wikipediaより引用) 犯罪によって得られたお金を「汚れたお金」とするならそれを洗って「きれいなお金」にすることである。
現代社会では企業も個人もお金の受け取りや支払いが政府によってチェックされている。銀行口座に入出金されるお金はすべて銀行を通じて管理され、その記録は政府がいつでも閲覧できるようになっているのだ。だから犯罪で得た資金、例えば賄賂とか麻薬の密売とか粉飾決算や詐欺行為などで得たお金は通常そのまま銀行口座に入金されることはない。そういう系統の資金は得てして大きな金額になるので安易に入金すればそれが基でどこから来たお金かを疑われ、調べられ、犯罪が発覚して処罰される可能性があるからだ。
だから銀行以外のどこかに現金として貯まりがちなのだがそれはそれで使いにくいお金である。数十〜数百万円程度であれば夜遊びなどで使ってしまうことも可能だろうが(それもあまりに派手にやるとやはり目をつけられる)、億単位の金になるとそういう訳にもゆかずなかなか不自由なのである。なので資金の持ち主はそのお金を正々堂々と使える合法的なお金に変えたいという動機が生まれる。
マネーロンダリングの基本的な手口
マネーロンダリングのもっとも基本的な手法は目立たないように換金性の高い商品を買ってそれを転売するのである。換金性の高いものと言えば金券ショップで売っているものが代表的だ。新幹線チケットだとか商品券、ギフトカードは実際の価格よりも少し安い値段をつければほぼ100%換金できる。10,000円のギフト券が9,000円で買えるのなら欲しい人はたくさんいるからだ。
そうした金券を別の人に頼むなどして目立たないように「汚れたお金」で買うのだ。売るときは1,000円(10%)の損をするがそれでもかまわない。10,000円の不自由なお金よりも9,000円の自由に使えるお金の方が価値が高い、という考え方ができるからだ。株や債券などの金融商品も換金性の高い商品として利用されることもある。
カジノの利用は有名なマネーロンダリングのテクニックである。カジノの経営側やディーラーと通じて「汚れたお金」を賭けて負けてカジノに移動させ、別の機会の勝たしてもらって「きれいなお金」をギャンブルの勝ち金として回収するのである。
バンカーかプレイヤーのどちらかが必ず勝つバカラというゲームに仲間と一緒に均等に両賭けしてゆくということもできる。バンカーが勝つと勝ち金の5%が取られるが、これを続ければだいたいバンカーとプレイヤーの勝率は同じぐらいになるので約2.5%の減耗で洗浄できてしまう。手間はかかるがこれであればカジノ側と共謀する必要さえない。
これらは広義でモノを転売することによるマネーロンダリングであり、どちらかというと金額が少ない場合に使える手法である。足が付きやすい金融機関を使わないで「きれいなお金」を手に入れる方法を試行錯誤した結果編み出された様々な手口である。
マネーロンダリングの大掛かりな手法と規制
金額が大規模になると逆に金融機関を駆使する方法が主流になってくる。金融機関といっても海外の金融機関である。洗浄したいお金を何らかの形で海外の金融機関に持ち込み、そこからやはり海外に所在するいくつかの金融機関に送金を繰り返す。守秘姓の高いタックスヘイブンなどに法人をいくつか設立して、その法人口座を複数回経由するような送金をおこなえば資金の出処を追うのはほぼ不可能になる。これで数十億円規模のマネーロンダリングが可能になる、、というのは過去の話となりつつある。
最近ではこれは急速に難しくなっている。まず記録が残らないように国内から海外に資金を移転する方法が限られてきている。以前は今ほど厳しくなく、海外への投資などの名目で送金することや無記名の債券などが国内でも売られており、そういうものを購入して海外の金融機関に預ける方法で比較的容易に多額の資金を海外に移動できた。しかし今ではそこにメスが入り簡単にはゆかない。
またタックスヘイブンに関しても大企業の節税やテロ資金の温床となるなど国や社会に与えるダメージが問題視され、アメリカをはじめとした国家が規制に動いているためその守秘姓は失われてきている。今年はじまった納税者番号で世界に散っている資産状況が把握できるシステム、CRS(共通報告基準)の稼働もそうしたマネーロンダリングを規制する活動の一環である。