目まぐるしい展開だった。香港での反政府活動を取り締まる「香港国家安全維持法案」が中国全国人民代表大会の常務委員会で可決されたというニュースが流れたのは6月30日午前のこと。そこから遡ること数時間前、アメリカが中国のこの動きに対して香港に認めていた優遇措置の一部を終了させると発表した。その内容は「アメリカから香港への軍民両用の技術に関する輸出を停止する」というものだ。
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香港国家安全維持法案の成立
中国政府はそれにまったく怯むことなく法案成立を推し進めたことになる。その後、やはり香港時間で午前中のうちに香港の民主派団体である「デモシスト(香港衆志)」から中心メンバーである黄之鋒(ジョシュア・ウォン)や周庭(アグネス・チョウ)らが離脱を表明。午後になってデモシスト自体の解散が宣言された。
香港国家安全維持法案の内容
「国家分裂」「政権転覆」「テロ活動」「外国勢力と結託して国家安全に危害を加える行為」の4類型を犯罪として定めて刑事責任を問う、というのが香港国家安全維持法の趣旨だ。言うまでもなく中国本土にはすでに同様の規定がある。本来英国から中国への返還時に定められた香港の実質的憲法にあたる香港基本法23条では中国政府に対する反逆、分離、扇動、転覆を禁止する内容の国家安全法を香港行政府が制定することが盛り込まれていたが香港市民の抵抗によって実現できずにいた。もちろんそれは多くの香港の人々が「国家安全法など必要ない!」と考えていたからではあるが、これは中国政府から見れば公約違反である。
「時折おこなわれる香港でも反政府デモにも、街角で政府幹部の写真を掲示して公然と批判していることにも目をつぶってきたのに、約束した50年の内ほぼ半分が過ぎようとしているのに、まだ約束を果たさない、挙げ句の果てに昨年のあの状態は何だ、ほとんど暴動じゃないか。もう我慢も限界だ!」と、中国政府の気持ちを代弁するとこんな感じになるだろうか。そして自分たちで勝手に国家安全維持法案を作って「これを守れ!」と要求してきた。特別行政区であるとは言え、香港政府は中華人民共和国の統治下にあることには変わりなくこのトップダウンには逆らえないという構図である。ちなみに香港基本法では普通選挙の実現も定められているがこちらも実現していない。おそらくこれは中国政府の方が必要ないと考えているからだろう、、そっちが守らないからこっちも守らないというかたちで香港市民と中国政府の間で均衡できないのは悲しい現実だ。
本当に一国二制度の終わりか?
さて、これに対し多くの国で今回の中国政府による香港国家安全維持法案制定に対して批判が集まっている。各国の報道ではイギリスから中国への返還のときの条件として約束された一国二制度の終わりを意味するという論調も多く目にする。香港に対する中国政府のこうした一連の動き、もっと拡大すれば着々と世界の覇権を握るべくゴリゴリ来ている動きを牽制するという目的においてそうしたを国際世論を形成するのは効果的かも知れない。
しかし実際はまだ香港はどっぷりと一国二制度の中にある。三審制のある司法制度や税制をはじめとした多くの規定が中国本土とはまったく違う形で存在している、中国本土の住民は誰でも自由に香港と行き来できるわけでもないし、海外への行き来のしやすさでも香港人と中国の人では全然違う、中国本土とは別の通貨を使って経済活動をしてもいる。これからそういう部分も急激に変わってゆくという可能性はあるだろうが、たいして変わらない可能性ももちろんある。
香港国家安全維持法案、中国側の事情
長い時間をかけて金融センターとして築き上げてきた香港の地位を維持したいのは中国政府にとっても同じであると考えるのが妥当だ。今回のことは確かにその香港の地位を揺るがしかねない出来事である。そこまででしても中国政府が国家安全法の制定を断行したのはなぜか?あくまで個人的な意見ではあるが、香港におけるデモや民主的活動が本土内に波及するようなことをどうしても防ぎたかったからではないかと思う。そのために最優先で香港での抗議運動を抑える必要があったのだ。
多少の傷を負ってもまず危急のこの件の解決しなければならない。逆にその他の部分はあえて急いで変える必要はない。実際に国家安全法成立後、デモシストはすぐに解散した。香港には他にも民主化や独立を掲げているグループがあるがそれらが今後も抗議活動を続けるのか、それとも沈静化してゆくのか。今後の成り行きを冷静に観察する必要がある。
一国二制度から一国一制度への段階的移行
一方そもそも論で言えば、返還と同時に中国人民解放軍が駐留している香港は最初から完全な一国二制度ではないという見方もできる。仮に一国二制度と一国一制度が両端にあるものさしがあるとすれば香港は返還当時からその間にあり、少しずつ一国二制度から一国一制度に向かって進んでいるというイメージだ。今回の国家安全法の制定でそのものさしの目盛が少し一国一制度の方へ進んだだけであるという見方で良いのではないかと思う。細かいことを言えば、昨年の逃亡犯条例改正案は一国一制度への目盛を一つ進めるような出来事であったが、それが基でデモが発生、大規模化してしまったがために結局は香港の頭越しで国家安全法が施行されることになり目盛が三つぐらい進んでしまったということはあるかもしれない。
自分自身、自由と民主の支持者なのでデモ活動をおこなっていた民主派の心情はよくわかるし、批判するつもりは毛頭ない。進む目盛に抵抗したがために逆により目盛を進めることになってしまったとすれば厳しい現実である。しかし一番の被害者は昨年からの一連のデモ活動とその後のコロナ流行の影響に耐え忍んできた小売業、飲食業、旅行業界をはじめとした香港の産業界だろう。結果論ではあるが、ある種の虚しさは禁じ得ない。
マーケットでの確認
いずれにしても細心の注意を払って観察・分析しながら状況を把握するスタンスが重要。いくつかソースの違うニュースを見るのも良いが世論誘導のバイアスがかかるのが報道の性質でもあるので、嘘のつけないマーケットのチェックも怠らないようにしたい。
2020年6月30日。
香港国家安全維持法案を受け入れさせらる香港の
ハンセン指数の終値は24,427.19(+125.91 +0.52%)
香港国家安全維持法案を可決した中国の
上海指数終値は3,011.77(+27.1 +0.91%)
香港の優遇措置の一部を停止させると言っている
米国のNYダウの終値は25,812.88(+217.08 +0.85%)
報道の熱さと比べると市場は非常に落ち着いている(むしろ上昇している)のが見て取れる。