一週間ほど仕事を兼ねて日本へ行った。親の検査入院などもあったので実家に顔を出し、地元の病院に行き、久しぶりに顔を合わせた家族全員で話す機会があった。
両親はまだ健在だがもう80に手の届く年齢になっており明らかに衰えが見える。実家は最寄りのJRの駅から車で10分、スーパーに買い物に行くにも車で5分の場所にあり、年寄りが車なしで生活するのは困難だ。だが最近ニュースでよく取り上げられる高齢者ドライバーによる交通事故報道の影響もありもうあまり自分で運転をしてもらいたくはない、というのが誰もが思っていることだった。そこで生活に必要なものがすべて徒歩圏内にある都会に引っ越して車の運転をやめてはどうか、というアイデアが出た。
日本で年老いてゆく
幸い娘が東京に住んでいるのでその近くにアパートでも借りればお互いに便利でもあるし、決して大した資産があるわけでもないのだが、相続を想定して身軽にしておくのは日本では重要な作業だ。そんなことがあった折、タイミングよく読者の方から日本の相続に纏わるメッセージがあった。
資産家の相続に纏わる話1
そのメッセージには相続税をめぐる2人の資産家の話が綴ってあった。1人は事業継承により長年社長業をおこなってきて後継者に引き継ごうとしている人、もう1人は自分で創業した会社を後継者に引き継がずに売却した人の話だ。前者は30年ほど前に先代から事業を引き継いだ。その頃ちょうどバブル崩壊の時期でもあり、先代の逝去に伴い相続では兄弟間でも揉め事があったという。
そのため早くから相続には細心の注意を払っており、後に母親の資産の相続時にはうまく切り抜けた。現在は会長職にあり、社長を生え抜き社員の中から抜擢しているが自分の親族に次世代の経営を任せることは考えておらず結果的に持ち株とその他の資産が相続の対象にならざるを得ない。非上場ながら会社の業績は良く、多くの法人税の納税を行っており、また個人所得も億に達しているので、現在でも5000万円以上の所得税、2000万円以上の住民税を支払っている。投資にも才覚があり、法人所有、個人所有を含めて国内外に多数の不動産を所有している。
資産額はざっくり100億円程度になるが株式の売却は難しいので主に不動産を処分して相続税の原資を捻出しなければならないのが明らかなようだ。不動産資産は売却時にまず売却益に対して課税され、相続人に分配されたたあとに相続税がかかるのでシナリオとしては最悪の部類に入る。相続税で苦い経験を持ち、問題になりそうなことを想定して気をつけていながらも、事業や投資への才能があるが故に高いモチベーションを抑えられずやはり自分の相続準備に際して苦労することになる。
本人はもう自分の死んだあとのことは知らない、とあきらめムードとのこと。彼に何の落ち度はあるのだろうか、と考えるとき日本の現行の相続制度に関してやはり首を捻らざるを得ない。
資産家の相続に纏わる話2
後者は自分の創業した会社で事業を成功させたものの後継者に恵まれず、親や妻にも先立たれた状態で70歳のときに会社を売却した。メッセージをくれた読者の方はその人の任意後見人である。引退後の余生を楽しんでいると認識していた数年後、認知症を発症したと突然病院から連絡があった。状況を確認したところ自宅・土地を含めて固定資産はすべて売却して賃貸マンションに一人暮らしをしていたとのことだった。
運転免許証も返納して車も持たず、年金収入で暮らしていたという。早速後見人として特別養護老人ホームに入所させるよう取り計らった。固定資産はゼロにしていたものの、その多くを金融資産に振り替えていたようで株やファンドを含めてざっと10億円ぐらいの価値があった。本来あまり欲がなく、判断力も若干衰えていたのか、証券会社の手数料稼ぎにしか見えないような魅力に欠ける商品などもあり、後見人にしてみれば理解不能なポートフォリオだったらしい。しかし売却する時期にも恵まれたこともあり、運良く良い形で換金できたという。
総額で10億円以上にはなり、分離課税で利益に対して20%の納税はしたものの相当額の現金が手元に残っている。現在はすべて介護保険の給付で12万円前後の月額で暮らしているという。税・保険料負担は年金にかかる所得税、わずかないパーセンテージの預金金利にかかる20%の分離課税、所得に応じた社会保険料、介護保険料だけである。生活費は単純計算であと数百年分は賄うことが可能だ。現在は要介護認定4となり、意思の疎通もほとんどできなくなった。
しかし元気だった頃、自分で意識していたことが2つあったという。自分の死後のトラブルを避けるために分配しやすい資産に振り替えていたということ、そしてもう一つは徹底的に不必要な税金を支払わないということ。資産にかかる資産税、所得にかかる所得税とそれに連動する地方税、消費にかかる消費税、相続資産にかかる相続税。会社で事業をしているときは避けることの難しいこれらの税負担をリタイヤ後はすべてかわしてきた。
そして人生の最後を間近に控え、その哲学に則った遺言書も準備しているという。どこに自分の死後、親族が負担や軋轢を抱えることを望む人がいるだろうか?
誰もがこんなストレスを抱えず心穏やかに終われる国であってほしい願わずにおれない。