2015年1月15日、スイス国立銀行は突然「1ユーロ(EUR)=1.2スイスフラン(CHF)に設定していたスイスフランのユーロに対する為替レートの上限をっ撤廃する」と発表した。
これによりわずか20分間の間にスイスフランは対ユーロでEUR1=CHF1.201からEUR1=CHF0.8517まで約41%上昇、対米ドルでUSD1=CHF1.0217からUSD1=CHF0.7398まで約38%、対日本円ではCHF1=114.95円からCHF1=154.42円まで約34%という暴騰を記録した。40%の変動をドル円の為替レートに置き換えると、1ドル115円から82円の円高になるようなイメージだ。「スイスフランショック」と呼ばれる出来事である。
スイス中央銀行の為替政策
スイス国立銀行がEUR1=CHF1.2を上限とする為替政策を採用していた背景には、当時EUがギリシャをはじめ債務危機・債務不安をかかえる国家が加盟国に複数存在していて、ユーロの信用が損なわれていたという環境があった。そこで各国の投資家にはユーロを売ってより安定しているスイスフランを買っておこうという動機が生まれていた。スイスフラン高の傾向が顕著に現れていたのだ。
スイスは医薬品・化学品、精密機器や宝飾品を多く輸出しているのでスイスフランの高騰は国内企業の業績に打撃を与える。また観光立国でもあるスイスへの訪問客が減少する原因にもなる。そこでスイス国立銀行は2011年9月からEUR1=CHF1.2をスイスフランの対ユーロレートの上限と設定して、その水準を超えそうになったらスイスフラン売りの介入をすることを宣言したのだ。
スイスフランショック発生時のFX取引手法
これはある意味投資家にとって一つの取引の機会を提供することになった。つまり仮にユーロが下落しても一定水準で必ずスイス国立銀行がユーロを買い戻すので安心してユーロを買うことができたのである。スイスフランショックはごく短時間で発生し、その後ある程度値を戻したので世界経済に深刻な影響を与えるほどではなかった。しかしスイスフランの
為替取引をしていた人にとっての影響は甚大だった。
スイスフランショックによる巨大損失のメカニズム
一般に為替取引(FX)では手軽にレバレッジを利用することができる。自己資金である証拠金の数倍、数十倍という規模での取引が可能。この時期のスイスフランの取引は安全な分、多くの人が参入していたので確実性は高いが利幅は多く取れないという特徴があった。なのでそれなりの金額の収益を得るためには大きな金額で取引をする必要が生じ、多くの人が高いレバレッジでトレーディングをしていたのだ。
そこに30%、40%という変動が訪れたらどうなるか?
100万円を証拠金にして25倍のレバレッジをかければ2,500万円分の取引ができるが、例えばスイスフランショック直前にスイスフランを買っていれば40%高騰して資産価値は3,500万円となり1,000万円の含み益を得られたことになる。自己資金は100万円なので元金が10倍になったことになる。
ところが逆に同じ資金でスイスフランの売りを入れていればもちろん資産価値は1,500万円になり1,000万円の損失が出る。元本は100万円なのでそれが無くなって更に900万円不足することになる。もちろんこの900万円は後で支払わなければならない。
FX取引にはロスカットという証拠金が尽きたときには強制的にポジションが解消されるいわばセーフティネットがあるのだが、このときのスイスフランの変動は動きが速すぎてロスカットの作動が間に合わないケースが多発した。通常のようにロスカットが働けば100万円の証拠金が失われただけということになるが、この特殊事情により証拠金の何倍もの損失を被った人が続出したのだ。
「ロスカットが作動しない場合がある」ということは取引規約にも記述があり、多くの人が抗議や訴訟を起こすこともできず想定外の大損害に苦しむことになった。