高額の報酬と充実した研究環境の提供で海外から優秀な研究者を集めて国ぐるみで研究開発に力を入れた中国は2021年注目度の高い学術論文数ではじめて世界首位に立った。(ちなみに日本は10位)

宇宙開発ではアメリカとほぼ同時期に火星に到達する一方で世界ではじめて月の裏側への着陸を成功させている。技術開発を牽引するのはいつの時代も軍事だが、中国の軍事力は日本の4倍〜5倍にも及ぶ国防費を毎年投じ続けてすでに日本の自衛隊の装備をはるかに凌駕し、アジア圏内ではトップレベルに達している。

トップダウンの利点

一党独裁国家の正の側面であるスピードと実行力を存分に駆使した中国の科学技術の分野での発展は凄まじい。建設計画を立てたら即刻用地周辺の住民を立ち退かせて日本では考えられない速度で道路、鉄道、ダムなど大規模なインフラが整備されてゆく、と、そのスピードに自分たちが追い上げられる感覚を抱いていたのはもう昔のこと。科学技術ではあっという間に追い抜かれた日本は今や中国にどんどん引き離されていっていることを否定するのはもはや難しい。

特定業界の取り締まり

その中国でここ数ヶ月、政府による民間事業への統制強化が加速している。はじまりはIT業界だった。2020年11月アリババの創業者であるジャック・マーが突然失踪状態になり、しばらく動静が途絶えた同時期に世界最大のモバイルとオンライン決済プラットフォームAlipay(アリペイ)や世界最大のMMFの余額宝(ユエバオ)を運営しているアントグループの上海・香港の株式市場への同時上場が急遽中止になった。

2021年に入ってからはアリババグループに独占禁止法違反で約3,000億円の罰金が課されており、その流れは他のIT系企業にも及びメッセージングアプリWeChatを運営するテンセントや配車サービス大手である滴滴出行に罰金やアプリのダウンロード禁止処分などがおこなわれた。中国政府は企業による社会への寄付をほぼ強要しており、国内の巨大IT企業は納税以外に約3兆円に上る寄付「3次分配」をおこなっている。

7月には教育業界にもその統制が及んだ。中国では子どもに対する教育熱が高く、小中学生向けの学習塾やオンライン講座などが新興産業として隆盛していた。しかし塾や講座の学費は高騰しており、その費用を出せる家庭と出せない家庭との間に教育を受ける機会の不均衡が生じていた。政府はそうした小中学生向けの学習塾を非営利団体化する規制策を公表し、事実上営業不能状態に追い込んだ。その代わりに公立学校の放課後に安い学費で補習を受けられるような制度を構築中である。9月からは小中高生の必修科目として習近平国家主席の思想を題材にした教科を学ぶことがはじまる一方で英語などの外国語教育が制限を受けることになった。

先月2021年8月から統制の網にかかっているのが芸能・エンターテイメント業界だ。芸能事務所や芸能人個人に対する取り締まりが強化されており、100万人単位のフォロワーを持つSNSの芸能人ファンサイトの停止や脱税の摘発、動画配信サービスからの出演作品削除などが現在進行形で進んでいる。また18歳未満の未成年のオンラインゲームの利用を週末の金土日曜日3日間各1時間ずつ(20時から21時まで)に限定するという規制を設けた。

独裁体制のコスト

アメリカのGAFAに対して中国のBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)と認識されるまでに成長した中国系IT企業。一人っ子政策の余波で高まった教育熱から投じられる資金を吸収する教育産業。人口13億人の人気商売であり、脱税告発された人気俳優が50億円、100億円という追徴課税を即時に支払えるほどお金の回っている芸能・娯楽産業。これらは巨額の資金を稼ぎ出す、ひいては税収に大きく貢献する業界である。冒頭の将来の発展に向けてトップダウンで科学技術の発展に邁進する姿を思い起こすにさらに成長を目指してアクセルを踏みながら同時にブレーキを踏んでいる感は否めない。

来年2022年は中国では5年に一度の中国共産党全国代表大会が開かれるが、そこでのメインテーマは習近平総書記(国家主席)の三期目以降の続投ということになるはずだ。本来共産党のトップである総書記の任期は2期10年となっていたが、2018年に憲法を改正してその任期の制限は撤廃されている。しかしこれまで誰もやってこなかった3期目続投をするためには権力基盤の強化とそれなりの国民の支持は必要になるはず。

そこで権力の行使として経済界を牽引しているIT業界を締め付けて、大衆が不満を抱いている教育費の高騰に歯止めをかけ同時に思想教育を強化、また大衆の羨望の的であるとともに嫉妬の対象でもある芸能界を懲らしめるような形を採っているというところかもしれない。ある意味わかりやすくて効果的だとは思うが、そのために産業に潰したり、大きなダメージを与えたり。これが独裁国家の権力維持にかかるジレンマというかコストの大きさなのだろうか。

純粋に投資という観点で見れば冒頭のように国がリードして先進技術を磨いてゆくのなら買いだが、我々にはなかなか理解の及ばないところで突然極端な統制に踏み切るのであれば及び腰にならざるを得ない。

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